こんにちは、ゆずです!
前回の記事で、大分遠征について書きます!と言いましたが、タイミング的に転職について3月中に記事を上げたくて順番を変えて先に転職奮闘記をupします!
前々から記事にしたかった転職活動~現職を辞めるまでの話をしようと思います。
アラサーのこの時期の転職はとっても勇気が必要でした。
でも、自分のキャリアは自分で切り開く、「負けへんで」精神でなんとか転職まで漕ぎつくことが出来ました。
これ以降、各フェーズに分けて、行動したことや自分の感情について書いていこうと思います。
転職を決意した理由
まず転職をしたいと思った理由です。
きっかけは大きく2つ。
一つ目は昨年の叔母の死。
借金を残して亡くなりました。
そのために自分と母のお金をつぎ込みアルバイトなどもしました。
この経験からどれだけお金が大切で必要か身に沁みました。
というかこれまでお金に困った経験がなく(両親ありがとう)、初めて直面するお金がないという恐怖感に対して自分ができる術があまりにないなと思いました。
二つ目は、これまで医療の専門職として仕事をしてきました。
病院という狭い社会のなかで仕事をしているうちに自分が仕事ができる人間だと思い込んでいる節がありました。
しかし、他の会社に勤めていつ子やパートナーの話を聞いていると自分は大したことなくて。
加えて、自分が病院以外の場所にでた時にどこまでできるかを試したくなったのです。
以上の二つのことから今、転職をしたいという気持ちが膨れ上がっていきました。
アラサーの壁
まずいわゆる転職エージェントというところに登録しました。
最初はエージェントさんがついて、面談みたいなのをするのですが、まずはじめに言われるのは「30歳の壁」。
現在、私は28歳ですが、20代の内はES(エントリーシート)を100通送って、10通ほど面接に漕ぎつけられるが、30歳を超えるとそれが100通中1通になると話されたのです。
もしかしたら、これは転職活動に本腰をいれてもらうための常套句なのかもしれませんが、それも含めて今回のタイミングだなと思いました。
最初の内はエージェントさんからの面談などもあったのですが、正直そのやりとりが面倒臭くなってしまい、自分のやりたい条件などをお伝えしてエントリーシート(以下ES)を作った状態で登録のみして自分がやりたい仕事があるかどうかを自分でアプリ上から確認することにしました。
専門職の壁
転職活動の本腰を入れたのは2024年の11月頃。
とにかくひたすら自分のESをアプリ上から気になる会社に送りまくりました。
ただし、やはり、いままで医療専門職しかやってこなかった私、一般企業が中途採用で未経験者をとるメリットがありませんから。
送っても見送り見送りの嵐。
やっぱりただやりたいだけじゃだめだ。
そのなかでまた自分がやりたいことと、自分のできることを擦り合わせて確認。
製薬会社と医療機器メーカーに絞り、これまで関わってきた患者さんの話や経験をESに反映しました。
転職活動本格化
上記に路線変更をするとやはり少しずつ引っかかるように。
特に自分が関わっていたがんの領域は結構響いたようです。
直接会社とやりとりをすることが増えて、仕事と並行して行うことの大変さをしみじみと感じます。
そしてもう一つの壁「常識問題」「SPI」です。
私は今まで病院にしか勤務したことがない上に病院は万年人手不足ですから、基本は履歴書と面接のみで採用されることが多いです。
いままで就職のために勉強なんてしたことがなかったのですが、就職面接までの間に筆記試験があることに衝撃を受け、焦ってテキストをやりまくりました。
仕事から帰って、SPIのテキストをやっているときはもう本当に高校の授業をもっとちゃんと受けておけば…と何回後悔したことか。
そしてやっぱり詰込みではできることは少なかったです。
理想は3か月前から勉強することを推奨されていました笑
リモート面接
なんとか筆記試験を乗り越え、面接にたどりついたのは2社。
2社とも製薬会社です。
1社はかなりの大手であるため、記念受験的な意味で受けました。やっぱり通知は不採用。
でもこの大手の面接では自分の医療職としての経験も強みになると感じて自信にはなりました。
やっぱり「やってみる」って大事。
そして、2社目。この会社はもちろん大手ではありませんでしたが、いままでの私の収入よりは多くなり、がんの勉強ができる会社です。
正直ここでダメだったらもう一年、病院に勤めてしっかり勉強してから挑もうと思っていました。
2社目の面接は1社目で手ごたえのあった話をしました(無理やりw)。
やはり好感触です。
やっぱり就活ってコツがあるんだなぁとひしひしと感じました。
そのためか無事に2回目の面接に漕ぎつけました。
小噺ではありますが、質問のなかに「ストレスを発散する方法はなにかありますか」と聞かれたときに「登山です」と答えました。
そのあとに次の仕事は全国転勤があるのですが、「本当に全国転勤でも大丈夫ですか?」と聞かれたときに「大丈夫です」と即答したら、面接官の方に「まぁ、その土地の山登ればいいもんね、ふふふ」みたいな感じで言われました。
見透かされてるのかと思ったわ。
最終面接
無事に2社目の最終面接に行けました。
ここまできたら絶対採用もらうという気持ちで挑みました。
ただ、この会社の面接官のかたがとっても聞き方が上手で、話すときに順序だてて話ができるように質問してくれました。
話をまとめるのが苦手な私には話ながら「ああこれは私のこういうところを見たいんだな」「私はこういう人間だってこと知って欲しいからこういう風に話してみよう」とか「この時の失敗は話しておいた方がいいな」と思いながら冷静に話せました。かなりやりきった感じがしました。
そして質問も自分のライフスタイルとして以下のことは確認しました。
- 私のような医療職からの転職スタッフはいるのか。
- 会社の女性の比率と結婚率・子育て世代がいるのか。
- 4月1日からの入職で良いか。
特に、気になっていたのが4月入職でいいのかということ。
正直12月の転職活動は4月入職にはまだ早い時期だったようです。
4月入職の人は年明けから転職活動をする方が多いようです。
今回の会社は4月入職について、快諾してくださいました。
採用通知
最終面接から1週間程度で採用のメールが届きました。
その日は12月半ば。
ほっと一安心です。
そして、ようやくゆっくりできるという思いが出てきました笑
上司の反応
次のドキドキのイベント。
現職の上司に退職の旨を伝えます。
実は10月の時点で、転職に興味があることはふんわりと伝えていましたが、いよいよ伝えなければなりません。
私は同じ職種で病院を1回変えて転職しているのですが、1つ目の病院を退職するときは上司から怒られ、退職するのに必要な書類を全く渡してもらえず退職するのにごたごたした経験があります。
(なんなら3月に退職できず4月退職になった)
今の上司がそういうことをする人ではないと思いながらも本当に緊張しながらお時間をいただき、お伝えしました。
上司は
「寂しいけど新しいことに挑戦するのは羨ましいなぁ。頑張ってね。」
と背中をそっと押してくれました。
これ書いてるだけで泣きそう(´;ω;`)
ここにきて、この上司の下でもう少し働いてもよかったのかもと思いました。
退職
そして、3月12日、over the sunの日本武道館の公演の日が最終出勤日。
無事に退職しました。
春のせいかセンチメンタルでした笑
退職するということよりも、患者さんと接しているときに、
「ああ、この人たちが私の人生のなかで最後に見させてもらった患者さんになるかもしれないんだ」と思ってぎゅっと締め付けられる思いでした。
本当にいままで担当させてもらった患者さんにはいろんなことを教えてもらって成長させてもらったなと思いました。
往々にして人間とは馬鹿でこうやって離れるときになって良さを感じるものです。
これからはお薬で患者さんを助けるよ、きっと根本は変わらない。
と思いながらも切ない思いになりました。
同僚たちとの別れはとにかく申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。
人手が足りなくすぐ4月には新人さんも入ってきてそちらの教育もしなければいけないこと。
本当にすみません。
と口にしますが、みんな私の挑戦に頑張ってねと話してくれ本当に優しく送り出してくれました。
中途採用の私だったけど、こんなに居心地がよかったのは、上司を筆頭に温かく迎え入れてくれたスタッフのおかげでした。
本当に感謝してもしきれません。
まとめ
今回は私の転職体験記について記載しました。
軽くまとめると
- 転職は20代の内の方が内定をもらえる確率が高いらしい。
- SPIは受験の3か月前には勉強を始めよう。
- 転職の動きだしは転職予定日の3か月前からで大丈夫。
- 場数を踏むと少し自分に求められていることがわかってくる。
といったところでしょうか?
ここまでつらつらと自分の経験について話してきましたが、一つ勘違いしないで欲しいことがあります。
この記事を読んでいる方、アラサーの女性が多いと思います。
ただ、転職することが決して正しいと言いたいわけではないのです。
転職した自分がえらいとか勇気があるとかそういうことは全く思っていなくて。
ある友人がずっと同じ職場で働いていることを「停滞」「後退」と話していました。
それって、私が結婚している友人や子どもがいる友人に対して思う感情に近いと思うんです。
自分は同じ場所に取り残されている感覚です。
結局、どの立場になっても自分で選んだ道や、自分が歩んでいる道を卑下しないでください。
私が大好きな言葉
Everything happened for reasons.
毒アメ(私が好きなPodcast)のなかではよく聞かれる言葉です。
私が転職したことも、友人が転職せずに同じ職場で昇格していくこともすべてには何かしらの理由がある。
その理由は今はわからなくても、いずれ自分の為になっていると思います。
熱く語りすぎた?笑
最後にこれからの私の仕事について
4月からは2日ほど出勤して、その後はリモートでの研修になります。
この研修はMRになるための12月の資格試験に伴う研修になります。
内容は結構、私が大学で習ったようなものが中心でありありがたいことに教科書も残しておいてるので結構活用できそうです。
これからとにかく頑張って、できればがんの薬を任せてもらえるようにトライしていこうと思います。
不安でいっぱいですが「私たちは大丈夫。」の気持ちで頑張ります!

まだ、このまま元気にお花咲いています。
いつでも花瓶を購入するタイミングがありましたがまだ牛乳パックを使用しています笑
今回はここまで!
次回はちゃんと大分遠征についての記事を書きます!絶対!
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